2021年03月02日
3月2日(火)の日記 東日本大震災10年目の振り返り⑧
【2011年3月21日(月)祝の日記④】 多賀城方面の様子
◇自転車で国道45号を多賀城駅入口付近まで行き、さらに三井アウトレットモールへ回って様子を確認した。
◇仙台市の東端多賀城との境界付近、下り線道路修理中
◇中野栄駅あたりから津波の跡。車があちこちちらばり、ゴミ散乱、泥のあと
◇路上にあった車は道端に寄せられていた。
◇多賀城市の被害の大きさに唖然とする。
◇アウトレットモールまわりは、壁に泥のあと高さ約1m。車の破損はあちこちにみられる。

【2011年3月21日(月)祝の日記⑤】 蒲生の様子
◇七北田川の土手を蒲生方面に進み状況を確認した。
◇東部道路より海側、高砂中・白鳥団地あたり泥堆積。津波が押し寄せた跡。
◇高砂橋(塩竈・亘理線)より海側は津波の被害大。
◇七北田川、高砂橋橋脚に流された家が引っかかっていた。もっと上流にも同様の流された家。
◇中野コミュニティーセンターより海側は、コンクリート以外の家屋はほぼ全壊状態
◇中野小まわり火災の跡。
◇自転車では中野小まで行けた。あとは道に瓦礫があり徒歩でないと進めない。
◇中野小から干潟の松林(といっても残っているのは数本)まで見通せる。一面の全壊家屋である。まったく言葉が出ない。恐ろしい爪あとである。
◇日和山がどこかわからない。
◇多賀城でも蒲生でも被災された方は多い。謹んでお見舞いを申し上げます。



【2011年3月22日(火)の日記②】 ついに風呂に入れた
◇生活環境、本日の日記
◇病院に薬を取りに行く。連休明けであり、薬が少ししか配布されていないせいもあり病院外来はすごい人。薬局でも待ち時間大。薬をもらうのも大仕事。
◇ついに風呂に入れた。それも温泉(沸かし湯の鉱泉らしいが)。地元情報に詳しい親戚Aさんの紹介で穴場のひなびた山の温泉に。昨日までは休みのせいて゜かなり込み合っていたらしいが本日はお客は少なめ。待ち時間小1時間でゆっくり入れた。仙台の中、近場にこんなところがあるとは・・。ポカポカと風呂から出ても温かい。地震以来11日目の風呂、生き返った・親戚Aさんに感謝。
◇電話、メールとも環境がほぼ戻ったようでスムーズにやりとりできている。遠方からの激励電話やメールがたくさんきた。嬉しい限り。皆さんお気遣い有難うございます。エールに感謝です。
◇宅配便が復旧して、必要品があれば送るという連絡もあちこちからいただいた。ありがたい限り。でも何とかペースをつかんで生活できており今すぐ欲しいものといえばガソリンです。まさか送って貰うわけには行かないし。
◇本日の河北新報1面には、塩竈港に入港第1隻目のアポロマークのタンカーの勇姿。「がんばれ」と横断幕(「ともにがんばろう」にして欲しかったが)。こちらからは大声で「有難う」と言いたい。あと数日でガソリンも出回るでしょう(そうなって欲しい)。

◇ガスがなくて調理には手こずっている。
カレー調理の一幕
・野菜・肉はホットプレートでいためる
・電気ポットで沸かした熱湯も利用して・・
・耐熱ガラスに入れて電子レンジで加熱
・最後にLPGのカセットコンロで加熱仕上げ

・ひとつひとつが新しい操作なのでスムーズにゆかず時間がかかる
・LPGのカセットコンロのボンベはあまり在庫がないので出来るだけ節約して使っている。
早くこいこい、ガスガスガス
◇仙台市ガス局が朗報を発表。新潟からのパイプラインが使えるようになり、まず病院から、そして順次周辺部からガスを生かすとのこと。早い復帰を期待する。
◇消防車・救急車のサイレンの音が少なくなった。ヘリコプターの音も少なくなった。災害派遣の自衛隊や他県の救急車はまだ見かける。
◇北海道で10年間まったく症状がでなかった花粉症が本州に帰ってきてしっかり復活してしまった。今日は鼻水と目のかゆみでサイアク。
◇自転車で国道45号を多賀城駅入口付近まで行き、さらに三井アウトレットモールへ回って様子を確認した。
◇仙台市の東端多賀城との境界付近、下り線道路修理中
◇中野栄駅あたりから津波の跡。車があちこちちらばり、ゴミ散乱、泥のあと
◇路上にあった車は道端に寄せられていた。
◇多賀城市の被害の大きさに唖然とする。
◇アウトレットモールまわりは、壁に泥のあと高さ約1m。車の破損はあちこちにみられる。
【2011年3月21日(月)祝の日記⑤】 蒲生の様子
◇七北田川の土手を蒲生方面に進み状況を確認した。
◇東部道路より海側、高砂中・白鳥団地あたり泥堆積。津波が押し寄せた跡。
◇高砂橋(塩竈・亘理線)より海側は津波の被害大。
◇七北田川、高砂橋橋脚に流された家が引っかかっていた。もっと上流にも同様の流された家。
◇中野コミュニティーセンターより海側は、コンクリート以外の家屋はほぼ全壊状態
◇中野小まわり火災の跡。
◇自転車では中野小まで行けた。あとは道に瓦礫があり徒歩でないと進めない。
◇中野小から干潟の松林(といっても残っているのは数本)まで見通せる。一面の全壊家屋である。まったく言葉が出ない。恐ろしい爪あとである。
◇日和山がどこかわからない。
◇多賀城でも蒲生でも被災された方は多い。謹んでお見舞いを申し上げます。
【2011年3月22日(火)の日記②】 ついに風呂に入れた
◇生活環境、本日の日記
◇病院に薬を取りに行く。連休明けであり、薬が少ししか配布されていないせいもあり病院外来はすごい人。薬局でも待ち時間大。薬をもらうのも大仕事。
◇ついに風呂に入れた。それも温泉(沸かし湯の鉱泉らしいが)。地元情報に詳しい親戚Aさんの紹介で穴場のひなびた山の温泉に。昨日までは休みのせいて゜かなり込み合っていたらしいが本日はお客は少なめ。待ち時間小1時間でゆっくり入れた。仙台の中、近場にこんなところがあるとは・・。ポカポカと風呂から出ても温かい。地震以来11日目の風呂、生き返った・親戚Aさんに感謝。
◇電話、メールとも環境がほぼ戻ったようでスムーズにやりとりできている。遠方からの激励電話やメールがたくさんきた。嬉しい限り。皆さんお気遣い有難うございます。エールに感謝です。
◇宅配便が復旧して、必要品があれば送るという連絡もあちこちからいただいた。ありがたい限り。でも何とかペースをつかんで生活できており今すぐ欲しいものといえばガソリンです。まさか送って貰うわけには行かないし。
◇本日の河北新報1面には、塩竈港に入港第1隻目のアポロマークのタンカーの勇姿。「がんばれ」と横断幕(「ともにがんばろう」にして欲しかったが)。こちらからは大声で「有難う」と言いたい。あと数日でガソリンも出回るでしょう(そうなって欲しい)。
◇ガスがなくて調理には手こずっている。
カレー調理の一幕
・野菜・肉はホットプレートでいためる
・電気ポットで沸かした熱湯も利用して・・
・耐熱ガラスに入れて電子レンジで加熱
・最後にLPGのカセットコンロで加熱仕上げ
・ひとつひとつが新しい操作なのでスムーズにゆかず時間がかかる
・LPGのカセットコンロのボンベはあまり在庫がないので出来るだけ節約して使っている。
早くこいこい、ガスガスガス
◇仙台市ガス局が朗報を発表。新潟からのパイプラインが使えるようになり、まず病院から、そして順次周辺部からガスを生かすとのこと。早い復帰を期待する。
◇消防車・救急車のサイレンの音が少なくなった。ヘリコプターの音も少なくなった。災害派遣の自衛隊や他県の救急車はまだ見かける。
◇北海道で10年間まったく症状がでなかった花粉症が本州に帰ってきてしっかり復活してしまった。今日は鼻水と目のかゆみでサイアク。
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3月11日(火)の日記 東日本大震災から14年 振り返りその③ 【復刻】です
2月3日(月) の日記 イオン仙台店2月末で閉店
1月16日(木) の日記 阪神淡路大震災から30年
5月24日(金)の日記 今日は何の日「1960年チリ地震津波」
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Posted by OOAKAGERA at 11:39
│東日本大震災 2011.03.11