2018年05月30日

5月30日(金)の日記 国宝仏像を間近に観れる

◇テレビ番組を題名だけ見て気まぐれに録画しておいたものを気まぐれに観た。おもしろかった。十一面観音に関する話題。長いのでお時間のある時に見ていただければ幸いです。
仏像に興味のある方には耳よりな話です。
◇番組名は、BS朝日1 「京都ぶらり歴史探訪、古都に寄り添う観音さま」というもので、歌舞伎役者の中村芝翫(というより長い間の名「橋之助」の方がピンとくるが)が京都のお寺の著名な観音様めぐりをしていた。
◇この中で国宝の十一面観音像を間近に見られる貴重なお寺があると紹介されていた。それは奈良県との県境に近い南山城、京田辺市の「観音寺」の仏様とのことであった。
◇このお寺、私は大分前に訪ねたことがある。もちろん国宝十一面観音に会う(というか「観る」が適切かも)ためである。最寄りの鉄道の駅から田園風景の中のんびり歩いて行った。遠くの高台には同志社大学の建物が並んでいたと思う。
◇お寺は特に周囲をめぐらす塀も構えた門もなく気楽に入りやすかった。住職(おそらくテレビに出ていた現住職の御父上と思われる)は庭でエンジン付きの草刈機で雑草の刈り取りに奮闘しておられた。
◇奥様は私1人のために本堂に出向き厨子を開けて仏様を拝観させてくださった。ここのお寺は真言宗智山派に属しており私の母方の実家と同じでそのあたりの話で盛り上がった覚えがある。
◇というわけで確かに1m以内の超間近に国宝を拝ませてもらった。これはなかなか得られない経験であった。番組ではこれほど近くで国宝を見られるところは京都でもほぼ例がない、是非拝観されたしと言っていた。
◇十一面観音様には個人的に興味があって国宝もぽつりぽつり拝観しているが実は滋賀県向源寺の仏様、そして仙台市の博物館で室生寺の仏様にいずれもすごく間近で拝観している。(向源寺は今は違った形での拝観かもしれない)。今となってはこれも貴重な経験であった。

<今回の番組からのメモ>
◇この観音寺は奈良時代天武天皇の勅願で建てられた大寺院で最盛期には33の伽藍があったが都の遷都や衰退、火災などで小さくなり今は本堂を残すのみ。
◇ここの仏様は「等身大の木心乾漆造であり、少年のような初々しい顔だち、引き締まった肉付きの良い体躯など、天平彫刻特有の緊張感がある。奈良・聖林寺の十一面観音とよく比較されるが、ともに官営の造仏所で同じ奈良時代後半頃に製作されたものであろう」とのこと
◇観音様のまとう衣や装飾から今にも動き出しそうにみえるしなやかな様子から仏像を手がけた人の細やかな仕事ぶりがはっきりと伝わってくる。この仏像の作られた技法「木心乾漆」という方法は当時中国から取り入れられた最新の方法でおおよその形は木で作り表面に近い部分は漆におがくずのようなものを混ぜた材料で細かく仕上げていくもので衣のひだなど絶妙な表現が出来た。この像が造られた奈良時代には、大量の漆を用いて造る乾漆像は非常に高価なものでありそんな仏さまがここにいることからも、かっての寺勢が偲ばれる。また、乾漆造は、奈良の都で発達した技術であり、後に寄木造りなどに取って代わられるため、この像の存在は奈良の影響下にあったことの現れとも考えらる。今では京都府下となっているが、奈良と近い関係にあったのだろう。

<過去のブログの復刻と転載>
2014(H26).07.29 のブログを復刻
奈良・国宝・室生寺の仏たち展
◇やっと仙台市博物館の「奈良・国宝・室生寺の仏たち展」に行って来た。平日の午後、車も人もあまり多くなくスムーズに鑑賞できた。(29日)
◇で、中身は・・文句なく素晴らしかった。なにがよかったかと言えば、国宝の仏様(信仰の対象だが、最高級の美術品でもある仏様たちにすぐ目の前まで近づけたということ。
◇展示は前半と後半で少し模様替えしているようだ。本日は模様替え直後の後半の部の1日目、といつても国宝は常に展示。
◇私の最大のねらいは十一面観音立像。最後の広い部屋に今回きている金堂内の仏様たちと一緒に展示されている。当方あまり信心深くないのでお寺以外での仏像は美術品として鑑賞であり、拝観の感覚はないつもりだが、十一面観音の前では自然と手を合わせる気になった。
◇静かにたたずむ国宝十一面観音菩薩像。暗めの照明の中でもひときわ目立った。
◇ふっくらとした頬、朱をさした口、つややかで深みがあり女性のようなやさしさに満ちている。それも若い女性のような。
◇昔出場したテレビのクイズ番組の問題に「観音さまは女である、〇か×か」というのがあった。答えは「仏様であり男でも女でもない、超越した姿」であったと思う。でも、やはり女性に見えた。
◇展示は、かねて聞いていた通りガラスケースなし360度ぐるっと見えてかなり近づける。室生寺本堂ではとてもかなえられない環境。しかも光背がはずされているので後ろもきちんと見える。
<先日の講演とにわか勉強による知識をもとにメモ>
◇十一面観音は多種多様の観音像のひとつ。
◇額の天冠台の上に、頭部に十一面。人々の迷いに合わせて姿を変えて救いの手をさしのべてくれる。頂上に佛面1つ、正面に菩薩面3、右(向って左)に牙上出面(げじょうしゅつめん)3、左(向って右)に瑱怒面(しんぬめん)3、後ろに大笑面1。このうしろの面は今回でないとみれないわけである。しっかりカブリツキでみてきました。
◇360度の角度で我々を見てくださる。
◇この頂上の仏も含めて一木から彫られているとは驚きである(足の先まで一木、手先だけは副木)。我が家の近所のお寺の十一面観音の頭上の仏様は差し込み式で過去の修理の際にでも取り違えて差し込んだらしく上記説明に会わないとのこと、一木ならこんなことはあり得ない。
◇目は彫っているのではなく描いてある。
◇さざなみを思わせる漣波式衣文(れんぱしきえもん)。よく精密に彫り上げてある。
◇首飾り(嬰珞ようらく)は金属製、1000年を経てなおきれいに形がある。さびてなくなってはいない。スゴイ。精密な細工である。
◇左手の水瓶にはいっさいの心の穢れが消える「八功徳水」が入っている。アラブのみずさしのようにジョウロのような口がついている。
◇右手は与願の印、われわれの願を受け止めてくださる手の姿。というわけだが、とにかくよかった。今回の展示中にもう一度行きたい、また新たな発見があるかもしれないし。

2010(H22).11.1のブログを転載
◇国宝十一面観音像めぐり
 ・所用で大阪に行った帰り道、近鉄大阪線沿いのお寺の国宝十一面観音像めぐりをした
 ・行き先は室生寺と聖林寺の2箇所。いずれもその昔訪ねたことがある。今回は久しぶりのご対面。
 ・室生寺は近鉄室生口大野からバスで行く。国宝の金堂の中に、他の仏様と並んでいちばん左に安置されていた。(中央はこれまた国宝の釈迦如来)。十一面観音様はふくよかな量感がある。装飾的で女性的な美しさである。
 ・五重塔は平成10年の台風で大きな損傷を受けたがすっかり修復され時を経て修復箇所がわからないほど。
 ・聖林寺は桜井にある。バスの便がなくタクシーで行く。
 ・ここの観音様は国宝の中でもランクが高い感じ。背が高く圧倒される。ガラスの壁こそあるがすぐ近くから仰ぎ見ることができる。均整がとれて量感にみちている。切れ長の眼が正面を直視している。
 ・国宝の十一面観音像は全部で7体ある。いままでに、このうち5体に参拝した。小生の勝手な素人の美的感覚でランクをつけると
  ①向源寺、②聖林寺、③観音寺 である。
 ・ウン十年がかりで参拝した結果のワンポイント感想は以下
  の通り。
  <奈良時代>
   ○奈良 聖林寺/ 上記
   ○京都(京田辺市) 観音寺/住職婦人が厨子の扉を開けてくれた。黒い漆の肌が綺麗
  <平安時代>
   ○滋賀 向源寺(渡岸寺)/ふくよかな胸や腹の肉付け、腰を捻って立つ姿は美しい。間近で、背中側からも見れる。文句なく超国宝級。
   ○京都 六波羅密寺/辰年のみ御開帳、まだみていない。
    この観音様は1999年に国宝になった。
   ○大阪 道明寺/開帳日が限られておりなかなか見れない、未拝観。
   ○奈良 法華寺/あまり大きくなくまた遠いのでみにくい。腰を少し捻りながら前に歩きかけてくる動きがある像。
   ○奈良 室生寺/上記
 というわけで、残り2箇所を楽しみにしている。いつかは会いたい。
  


Posted by OOAKAGERA at 18:29

2018年05月27日

5月27日(日)の日記 日本ハム、シンジラレナーイ!

プロ野球日本ハムファンの方のみ読んでください。

◇プロ野球、本日は交流戦前最後の試合だった
◇われらが日本ハムは埼玉で西武との首位攻防3連戦。2連勝のあとをうけて3戦目
◇昼間は鳥見に忙しくテレビもラジオも見ていなかったが、そのスジから途中経過が入り状況は把握し一喜一憂していた。
◇先発有原が乱調で1回いきなり6点を入れられ、今日はダメかと思わされた。
◇ところがどっこい、すぐに4点その後も加点し9回には8-8の同点、延長となった。そして10回に2点加点して逆転、そのまま押し切って3連勝。首位西武との差は1ゲームにまで縮まった。
◇中田に代わって4番に入ったレアードが本塁打を含み6打数3安打、清宮に代わり先発に入った横尾が本塁打を含み3打数2安打、怪我から復帰後調子がいまいちだった近藤が打ち出して10回にはタイムリーな二塁打と活躍した。
◇8失点の有原の後をうけた5人の救援投手陣がすべて0点におさえたことも大きかった
◇というわけで本日の試合内容は信じられないような逆転劇で大マンゾクだった。
◇①信じられない逆転劇での勝利、②ヒーローが日替わり、ということが続くとそのチームは優勝する。日ハムの最近の様子はまさにそれ、今年は優勝しそうな予感がする。セリーグとの交流戦、変な柄のユニホームを着て折角のツキを落とさない様にして連勝して欲しい。
(まことに個人的な感想)
  


Posted by OOAKAGERA at 22:07

2018年05月25日

5月25日(金)の鳥見 今週の振り返り

【総括】
 木々の葉が繁って鳥の姿が確認できず林や森の観察はしにくい時期になった
 シギチはポツリポツリ

【今週の「みーつけた」一覧】
  

【今週の鳥の記録写真】
◇トウネン/ 干潟にいることはいるが予想以上に少ない
◇サルハマシギ(3枚)/ 干潟と田んぼを往き来したみたい。田んぼは田植え直前の代掻きの作業車が入って土を掘り起こしたなおかつ水位の低い時にウミネコとともに現れた
     

◇サンコウチョウ(2枚)/ 声はすれどなかなか姿を確認できないでいたが歩いていたら突然現れた
◇メジロ/ 相変わらずおしゃべりしながら樹木の頂上付近で見え隠れ
◇ゴジュウカラ/ イナバウアーはお得意
     

◇カワガラス/ もうとっくに子供は巣だっているようだ
◇キビタキ/ サービス満点の個体、目の前でじっとしていてくれた
◇ガビチョウ/ ガビチョウが水浴びしていた
    

【今週の景観写真】
◇雪を頂いた蔵王連峰/ 陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中にたつ 斎藤茂吉
◇そして栗駒山/ 生まれ故郷の栗駒山は富士の山より 懐かしや 白鳥省吾 
     


Posted by OOAKAGERA at 21:15

2018年05月25日

5月25日(金)の鳥見 島嶼の鳥見旅行 

◇隣県の島嶼に2泊3日の鳥見の旅に出かけた。ある程度よさそうな時期にねらいを定めて出かけたが今回は大当たりだった。
◇1日目は雨がパラついて船が出るか心配したが無事出航。2日目は天気はよかったが風があった(この日船は欠航)。3日目は平穏。1日目は大感謝祭の継続、2・3日目はバーゲンセール、我々が帰った後からは在庫一掃売り尽くしセールといったところらしい。
◇おかげ様で珍鳥・フツー鳥といろいろな鳥に巡り合えた。往復の航路・港、そして島内でカウントできた鳥の種数はちょうど100種だった。以下のリスト(2枚)参照
    

【撮影した鳥】(玉石混交、記録写真です) (追記:[玉]はないのではないか・・・と突っ込みあり)
◇カルガモ ◇アマサギ ◇チュウサギ ◇ツツドリ
     

◇アマツバメ ◇アカエリヒレアシシギ ◇ウミネコ ◇ハヤブサ
     

ブッポウソウ(2枚) ◇サンショウクイ ◇(鳥類目録7版では「検討中」扱い)カラアカモズ
     

◇ウグイス ◇チフチャフ ◇カラフトムジセッカ ◇キマユムシクイ
     

◇センダイムシクイ ◇メジロ ◇キレンジャク ◇ヒレンジャク
     

◇コムクドリ ◇クロツグミ ◇マミチャジナイ ◇アカハラ
     

◇ジョウビタキ♀ ◇ノビタキ ◇イソヒヨドリ♂♀
     

◇エゾビタキ ◇サメビタキ ◇コサメビタキ ◇キセキレイ
     

マミジロキビタキ♂♀ ◇キビタキ♂♀
     

ムギマキ ◇亜種ホオジロハクセキレイ ◇オジロビタキ ◇シメ
     

◇オオルリ♂♀ ◇アトリ ◇マヒワ
     
 
◇イカル ◇ホオジロ ◇ホオアカ ◇コホオアカ 
     

キマユホオジロ ◇シマアオジ  ◇亜種シベリアアオジ♂♀ 
     

◇アオジ♂♀ ◇シマノジコ
    

【風景写真】
◇双胴船/ 風や高波には強い構造と思うがこの航路は欠航が多い
    


Posted by OOAKAGERA at 14:10

2018年05月18日

5月18日(金)の鳥見 今週の振り返り 

【総括】
◇やっと干潟にシギ・チが現れた、今週は小規模なお祭り開始

【今週の「みーつけた」一覧】
  

【今週の記録写真】
◇ヨシゴイ/ 草の中に隠れて出てこない、よってボケ写真。今シーズン初認
◇クロサギ/ 少し前の画像。ちょっとだけ干潟に出現。仙台湾のどこかに生息しているのでは
◇シロチドリ/ なまめかしい目つきで見つめられたのでついパチリ
◇オグロシギ/ 仙南、海沿の県道沿の田んぼ。1羽
     

◇オオソリハシシギ/ ずいぶん赤い個体がいた
◇チュウシャクシギ/ 潟湖でも田んぼでも多数見かけた
◇アオアシシギ/ 意外と見かけていない。仙南排水路河口干潟で独特のスタイルで採食中
◇キアシシギ/ こちらは絶対数は多くないがどこでも見かけるといったところ
     

◇イソシギ/ 仙南河口干潟、2羽。
◇ウズラシギ/ 沼の脇の田んぼ、サルハマ情報で駆けつけたらウズラが2羽
◇サルハマシギ/ 干潟に1羽。この日の夕方は干潟はシギチ祭り
◇ハマシギ達の群舞/ 干潟上空を大きく旋回、スペクタキュラー、サルハマが混じっていないか探したが・・・
     

◇カワセミ/ いいムードで語り合い。じゃましないで退散とする
◇ヒバリ/ ヒバリは水鳥か? 田んぼの中をシギチなみに闊歩
◇オオヨシキリ/ 鳴いて血を吐きそう(これホトトギスでしたっけ?)
◇ホオアカ/ 豪快に水浴び
     

【今週の動物写真】
◇キツネ/ 干潟まわりでは震災前から姿を見かける。何を食べているのか? 小鳥は避けてもらいたいが・・・
    


Posted by OOAKAGERA at 21:11

2018年05月09日

5月9日(水)の日記 ハワイの溶岩と航空機事故のはなし

「ハワイ」「溶岩」「航空機事故」の三題噺です。時間に余裕のある方だけ読んでください。

ハワイで火山が噴火し一部の住民が避難しているとのニュースがあった。噴火したのはハワイ島の有名な火山キラウエア山。

(ウェザーニュースによると) 日本時間5日7時32分頃、ハワイ諸島を震源とする地震が発生しました。気象庁によると、地震の規模を示すマグニチュードは6.9、震源の深さは不明です。(5日8:30現在)現地では日本の揺れに換算すると震度5程度の強い揺れが合ったと思われます。
◇ニュースを聞いて思いをめぐらすのはどうしても過去の自分が経験した身の回りの話となる。その昔観光でハワイ島に行ったことがある。
◇ハワイを訪れる場合日本からの観光客(初心者)はオアフ島のホノルルに着き、他の島へ行く場合ここを起点にいわゆる「オプショナルツアー」で日帰りの観光を楽しむ。カウアイ島やハワイ島に出かけるわけである。
◇私の個人的ハワイ旅行は観光目的で、とにかくホテルに宿泊としては格安なツアーを探して出かけた。ホテルは少し古い「中流」だったが場所は中心地ワイキキ、島内外へのオプショナルツアーは手作り感いっぱいのもので結構楽しかった思い出がある。
◇ハワイ島にはそのオプショナルツアーで行った。往復の航空機は地元アロハ航空、島内は日系のガイド兼運転手付きのワゴン車によるものだった。これがアットホームなツアーで楽しかった。ワゴン車は日本ではなかなか見かけない4列か5列の長い車体で運転手はマイクを付けて日本語で説明してくれる。日系といっても3世か4世のはずだが流暢な日本語でまるで日本人と話をしている感覚である。聞けばおじいちゃんから日本語をおそわって日本語で話が出来ていたが広島弁でなまりがあるのであらためて日本語の勉強をしたとのこと。ハワイは観光の州、力の入れ方が違う、というか他にいい職場がなかなか得られないということのようだ。パパイアを買って食べたいと言ったら、島内でそんなもの買う人はいないといって知り合い宅の庭からよく実ったパパイアをもぎ取ってきてくれた。
◇よく理解していなかったが、そもそもハワイの島々の成り立ちは、大きな島は火山によるもの。基本的に南のハワイ島が一番新しい島で現在ここだけに活火山がある。火山でできた島は北西方向に移動して行く。最も北西にあるオアフ島が最も古い島ということになる。
◇ハワイ島は広い。ツアーの観光コースはヒロ空港に着きそこから海岸沿いに島を半周し反対側のコナ空港からホノルルに帰って来るというものであった。蘭の花の植物園、キラウエア火山、海岸の景色などを巡った。キラウエア火山は、その数年前に溶岩が流れた後が生々しかったが、その上にもう新しい家が建てられたりしていてびっくりした。キラウエアの溶岩は実にゆっくり流れる性質で、火山が噴火したらみな競って近くまで見に行くと聞いて驚いた。火砕流なんてことはないようだ。小さな火口内には沸騰していた溶岩が固まったような跡がみえた(以下の写真)。

  

◇ここの溶岩、ニョロニョロした形のまま固まったものを原住民は「パーホエホエ」と呼ぶと説明があった。現地人は単純なので単純な繰り返しの呼び名が多いといういささかおだやかでない表現で説明があり、そのことを今でも印象深く覚えている。なにげなくネットで検索したらなんとパーホエホエは火山の学問上の立派な学術用語として使われているとのこと。それほどハワイ独特の冷えた溶岩の形状なんだと思った次第。
(写真はネットにあったパーホエホエ溶岩)

  

◇今回の地震は大きかったが局地的の様だし、避難した人もおそらく日頃から覚悟の上と思うし、島の外の人間が心配するほど島内の人は驚いていないのではないかと思った。

◇蛇足だがまた航空機の話。ハワイのコナ空港は東屋のような屋根と柱だけの建物が待合室。たまたま飛行機の出発時間が遅れたら話相手になってくれたおじいちゃんがいた。少しくたびれたアロハシャツを着た日系のおじいちゃん、まさかこれが制服とは気が付かず誰なんだろうと思ったりしたがあとでわかったらアロハ航空の社員で日本人乗客の案内係とのこと、どうも親切過ぎると思った。このあたりもアットホームツアーそのものであった。
◇「ハワイ・アロハ航空」と打ち込んでネツトで検索するとすぐに出てくるのは大きな航空機事故。胴体にとんでもない大きな穴が開きかろうじて緊急着陸した時のテレビのニュース映像は衝撃的でよく覚えている。写真は私の乗った飛行機、事故があった飛行機は ALOHA の文字のあたりの胴体が水平部から上側が飛んでなくなっていた。ちなみに事故があったのは私の乗った機体だったのかもしれない

  

(以下ネット<ウィキペディア>から)
<アロハ航空243便事故> 1988年4月28日に発生した航空事故である。ハワイ島のヒロ国際空港からホノルル国際空港へ向かっていた旅客機が、金属疲労によって機体外壁が損壊し大きな穴が空いたにもかかわらず緊急着陸に成功した。
乗客数89、乗員数5、死者1、負傷者65、機種ボーイング737-200、機体番号N73711

◇事故原因の公式見解は「事故は、金属疲労による胴体接手部の亀裂の発生を見逃し続けたことにより、亀裂が徐々に拡大し、あるとき複数の亀裂がファスナーを開けるように急激かつ同時に繋がることで、風船が割れるように機体が破壊されたもの」とされた。
◇さらに読み続けると事故原因として穏やかでない説も唱えられている。(以下)

高度24,000フィート (7,300 m)を飛行中に機体に10平方インチ(64.5cm2)の穴が開き、そこから700マイル毎時 (1,100 km/h)で噴出した気流に客室乗務員が巻き込まれて瞬間的に穴を塞いだ結果、流体ハンマー現象が生じた。機体劣化により約8.5ポンド/平方インチを下回る耐久力となっていた同機はこの衝撃に耐え切れず大破した。

◇「接手部の金属疲労による亀裂」とはJALの御巣鷹山での墜落事故を思い出させる。航空機の定期的な検査は厳格なもので、必要箇所に対して行われる非破壊検査は高いレベルで不安は排除されていると認識しているが何回も離着陸を繰り返した古い機体、検査がゆきとどいていない体制の会社の機体は要注意か。
異説は、胴体に開いた小さな穴から機外への空気の激しい流れが発生し吸出された人間の体が急激に穴をふさいで「流体ハンマー」を生じ急激な機内圧の上昇で胴体が破壊・・ということだが、この説とすると多くの古い航空機にはいくらでも発生しそうな気がして怖い。
◇信頼おける会社の新しい機体の便に乗るようにしたい。・・・はなはだ後ろ向きの異見でした。
雨の1日、暇に任せてパソコンに向かっていると非生産的なことばかりに頭が向かい雑文が増える。
長い駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

  


Posted by OOAKAGERA at 18:36

2018年05月09日

5月9日(水)の鳥見 今週の振り返り

【総括】
◇やっと干潟にシギ・チが現れた

【今週の「みーつけた」一覧】
  

【今週の記録写真】
◇キアシシギ/ 県北の沼、キアシの小群が集まっていた
◇ヤブサメ / ガサゴソと音、じっとしてみていたらヤブサメが現れた
◇キビタキ(2枚) /県南内陸部、以前のハイキングコースにて 
     

◇オオルリ/ 声をたよりに探すがなかなか現れてくれない
◇カワガラス/ もう雛は独り立ちして一段落・・・か
   

【今週の景観写真】
◇リス / はやいはやい、追いつけない速さ
◇田植え/ 真っ盛り
◇チューリップ祭り/ :県北の道の駅、雨に打たれて多くの花は打ちひしがれていた
◇菜の花/ 昔は「亜炭」の産地。まっ黄だなーっ。
     

◇今週は本日で締切、振り返り。金曜日はアップしません  


Posted by OOAKAGERA at 18:08

2018年05月06日

5月6日(日)の日記 益子焼の陶器

仙台市博物館「手仕事の日本」柳宗悦のまなざし
◇雨の1日、鳥見には出られず思い立って市博物館に出かけた。現在開催されている企画展は日本民藝館所蔵品による「手仕事の日本」-柳宗悦(むねよし)のまなざし。小規模な展示だが味わいがある品が多くなかなかよかった。
◇柳宗悦は、自身でなにか作品を作ったのではなく、無名な職人が作る民衆の日常品の美を見出し、蒐集を行った。大正末から昭和初期にかけて全国各地を訪ね民芸品の収集を進めた。
◇今回の展示品の中で気に入ったのは、益子焼(ましこやき)の番茶用の土瓶である。「山水文土瓶」と名付けられていたが普通の人が日常普通に使うお茶のみの土瓶である。この絵を描いたのは皆川マスさんというおばあちゃんである。益子は私の故郷栃木県であり、益子焼に興味があったせいか皆川マスさんの名前は知っていた。
◇益子焼を一躍有名にしたのは、第一回重要無形文化財保持者、つまり最初の人間国宝となった浜田庄司と、その友人であるバーナード・リーチによるものである。テレビ放映の初期の時代からよくテレビに出ておりその名は全国にとどろいていた。その浜田庄司やバーナード・リーチを驚かせたのが、皆川マスという婆さんなのです。 
◇浜田庄司の話に益子焼きの絵付け職人皆川マスの逸話が語られていた。マスさんの土瓶への絵付けはとても速いスピードで絵に勢いがあり芸術的にもすばらしいものであった。ある時浜田氏はマスさんに記録にするので画用紙に土瓶の絵柄を画いて欲しいと頼んだところ、「わたしゃまあるい土瓶に絵柄を書いている、まっすぐな紙なんかに画けるか」と断られたという(これ、テレビを見た私の記憶なので正しい内容か自信はないが)
◇実はこのマス婆さんの作品が、戦前、ベルリンで開かれた第一回国際手工芸博覧会に出品され、特選の賞を受賞していたとのこと。
◇今回展示された土瓶はいかにも日常生活の匂いがする頑丈な分厚い益子焼の風合いそのもの、民藝という分野がもてはやされなければ絶対に話題にもならないものと言える。芸術性高い日本の「手仕事」はすごい。

◇以下はネットからのコピーです。 
明治初頭の益子では白泥を掛けて絵付けしたものが多く作られ、特に山水の絵柄を描いた土瓶(山水土瓶)は生産が盛んでした。1874(明治7)年に生まれた皆川マスは10歳の頃から白掛けした陶器に絵付けの仕事を始めました。マスは窯元で成形された土瓶や瓶、火鉢などに絵付けをして回り、時には1日に500から1000個もの絵付けをしたと云われています。民芸運動の中で益子山水土瓶が、描くというよりも自然に動く手先から生まれるような絵付けに感銘を受け、全国に紹介されたことから“民芸の里益子”として知られるようになったのです。

◇さて我が家で毎日使っている番茶の急須は頑丈が取り柄のアルミ製である。飯場の食堂で使うようなこの急須には愛着があり長年使用してきた。しかしそろそろ少し見栄えのよいもの、げーじつ性のあるものに変えようかと思っていた。たまたま身近に益子を訪ねる人がいたので選定お任せで「益子焼の急須」を買ってきてもらった。なかなかモダンなデザインで気に入った。これからしばらく使い込もうと思う。写真は益子焼の急須。湯飲みも益子焼。
  

◇益子の民芸店にあった皆川マスさんの作品。土瓶左側は売約済、右側は少しキズありで2万円、火鉢はキズなしで20万円とのこと
   

◇下の写真は、栃木県出身の90歳を超える実家の年寄の家の食器戸棚にあった古い益子焼の湯のみである(一応現役扱いだが、最近はほとんどみていなかった)。昭和30年代くらいまでは栃木県の各家庭ではこんな益子焼の陶器が日常ふつうに使われていた。そういえば、国鉄信越線横川駅の釜めしの器も益子焼だった。その後の東北本線黒磯駅の釜めしも器は益子焼だった。各地で弁当と一緒に販売されていたお茶の容器も益子焼だったと思う。
    


Posted by OOAKAGERA at 17:45

2018年05月04日

5月4日(金)の鳥見 今週の振り返り

【総括】
◇干潟も埋立地もシギチ少ない。淡水系のシギチがどこかにいるはずだが・・探索中

【今週の「みーつけた」一覧】
  

【今週の記録写真】
◇ササゴイ/ めずらしく川から離れた樹木の上に
◇イカルチドリ / お城の下の河原にて
◇オオハシシギ(2枚) / 潟湖が大潮で干潟が広く出た日に2羽
     

◇オオソリハシシギ/ 浦にて
◇チュウシャクシギ/ 潟湖が満ちてきて干潟が狭くなり堤防に群れになって退避、ホウロクシギ・オオソリハシシギが混じってる
◇トウネン/ 埋立地。お初
◇ほぼハマシギの群れ/ 干潟にて
     

◇コアジサシ/ 浦にて。今年も来た
◇ハイタカ / 青い空の中、ゆうゆうと横断
◇クマタカ/ 県境に近い林道にて、このあたりではよく見かける
◇コムクドリ/ お城下の公園にて
     

【今週の景観写真】
◇海浜公園のクルメツツジ/ 別名キリシマツツジ、満開
◇田植えが始まった/ 水が張られた田んぼでチュウシャクシギの小群は見かける
◇川のビジターセンター/ 4月18日開館
      


Posted by OOAKAGERA at 21:46