2011年06月28日

6月28日(火)の日記 多賀城跡あやめ園

◇多賀城跡地域にあるあやめ園のハナショウブが咲いている。
◇現在見ごろ。車の駐車場なし

  

    


Posted by OOAKAGERA at 21:11

2011年06月28日

6月26日(日)の鳥見 ミヤコドリ健在

◇t@m4干潟(マイフィールド#2)とその周辺
 ミヤコドリ   サギのコロニー

 ・風雨の強い中様子見
 ・干潟にミヤコドリ1羽。震災前長期間いた個体が残っていたのか・・?
 ・工場の構内の樹木、サギのコロニー。白いサギ、ゴイサギ、200羽以上はいそう


    


Posted by OOAKAGERA at 21:06

2011年06月26日

6月25日(土)の日記 寒河江へサクランボ狩りツアー

削除しました
(時間を限ってアップとしました)  


Posted by OOAKAGERA at 09:31

2011年06月21日

6月20日(月)の日記 北山の寺社めぐり

◇北山の寺社めぐり。第1の目的は輪王寺のハナショウブと資福寺のアジサイの開花鑑賞。結論としてまだ早い。
◇北仙台駅近くから、東から西に向かっていざ出発。
◇1箇所写真3枚以内。<ナナメカラミタ北山めぐり報告>
仙台市観光交流課発行のまち歩きマップを利用させてもらい本日の寺社めぐりルートを以下に説明

    


◇堤町天神社
 ・調子よく出かけてきてどんどん進みここまで来たがどうも来過ぎ。
 ・地元の小さなお社&集会所といったおもむき。

   


◇日浄寺
 ・日蓮宗のお寺。山門も本堂も新しく感じた。

    


◇鹿島神社

    


◇光明寺
 ・支倉六右衛門常長とソテロの墓がある。

    


◇東昌寺
 ・臨済宗の寺。参道石段両側の赤松が見事。
 ・樹齢500年「マルミガヤ」、でかい。

    


◇通丁
 ・青葉神社前から南、通丁の通り。昔の陸羽街道。さらに南に進むと北鍛冶町・二日町・国分町となる。

   


◇青葉神社
 ・震災後、一度訪ねているがあまり変化なし。震災による損傷あちこち
 ・正面大鳥居の倒壊は残念
 
    

◇覚範寺
 ・臨済宗。政宗の父輝政の菩提寺。生母保春院・三男宗清の供養塔もある。
 ・「保春院」と聞くと、若林区役所近くの保春院前丁のほうがピンとくる。以前の大河ドラマ「独眼流政宗」では岩下志麻が義姫(後の保春院)役を見事に意地悪く、凄みをもって演じていた。ついこのあいだの様だが、あれからすでに20年以上経っている・・・・!

    


◇資福寺
 ・参道・石段両側・境内のアジサイは咲きかけている。ピークはあと10日くらい後か。
 ・ここの墓地には阪神淡路大震災で亡くなった犠牲者の慰霊碑がある。犠牲者と関係深い檀家さんがいたようだ。

    


◇輪王寺
 ・ハナショウブは期待していたほどの規模ではなかった。花は一部咲いているがピークはこれも10日くらい後か。
 ・政宗夫人愛姫(めごひめ)と三男竹松丸のお墓がある。

       
  
  


Posted by OOAKAGERA at 13:39

2011年06月21日

6月20日(月)の日記 街歩き チャリンコで北仙台往復その②

 昨日に引き続き記述。北山の寺巡りをはさんで北仙台からの帰路。


◇帰路ルートの説明図

  

◇北仙台駅そば、旧陸羽(奥州)街道踏切⑬
 ・荒巻・桜ケ丘方面へ行く時通った覚えあり
 ・梅田川がこんなところを流れていた、川幅は狭くなっている。
 ・堤人形の工場はこのあたりらしい。

    


◇昭和町交差点⑭
 ・愛宕上杉通の北詰
 ・旧国道4号はここで90度曲がって北へ向かう

  


◇自転車道よく整備されている⑮
 ・仙台の街は自転車道がよく整備されていて乗りやすい。段差のあるところはなめらかに傾斜をつけて舗装されている。場所によっては歩道の一部を自転車専用に色分けしてある。
 ・ただし歩道をスピードを出してふっ飛ばす自転車は歩く人にも駐車場からでてくる自動車にも脅威。お互い注意してね。

  


◇むかしの名前で・・・  ⑯
 ・以前ここにあったボロッチイ寮の名前がある。もうひとつも確か東仙台方面にあったこれまたくたびれた(いずれも外観しかみてないが)寮の名前。現在は、瀟洒な鉄筋の建物。まあ、もっともなことですね。

   


◇わが母校⑰
 ・場所はほぼ昔のまま。ただし建て替えされて様子がまるで変わっている。あまり感慨なし。
 ・正門にガードマンがいるのにはびっくり

  


◇北六番丁通⑱
 ・北四通が拡張されるまではこちらが東西に走るメインの通り。道幅が狭いし通行する車の数もやや少ない。

  


◇東照宮⑲
 ・仙山線の踏切は記憶にあり
 ・駅はなかった。仙山線沿いは人口が増えて新しい駅ができている。

   

   


◇梅田川(宝蔵院橋付近)⑳
 ・鳥はみかけなかった。

   


◇消えた梅田川
 ・北四通りとの交差部、梅田川が消えて橋がない!
 ・ポンプ場はある。どうも道路との交差部は地下に潜っているようだ。

     


Posted by OOAKAGERA at 11:03

2011年06月20日

6月20日(月)の日記 街歩き チャリンコで北仙台往復その①

 鳥が出ないときは気楽に街歩き。震災以来活躍のマイ自転車で。といっても本日の目的は北山の輪王寺のハナショウブと資福寺のアジサイ、いずれもまだ早かった。東仙台から北仙台往復、なつかしの景色を求めて、結構暑かった。

◇本日のコース
 
  


◇松岡踏切①
 ・現場には「松岡街道踏切」と表示してあるが現地では聞かない表現。以前の中原大通りから利府街道にぶつかる直前の踏切。貨物線も含まれているのでしばしばあかずの踏切となり車が渋滞する。上を行くのは新幹線

  


◇東仙台②
 ・以前は天環前といっていたあたり。NHKの送信塔がシンボル。宮城野区役所が出来る前は今の図書館の場所に支所があったらしい。

   


◇ガス局前③
 ・交通情報でよく聞く渋滞ポイント

   


◇ショッピングセンター④
 ・宮城野図書館の北側、以前はたしか専売公社のタバコ工場があったところと思うがすっかり様変わりして大きなショッピングセンターになっている。

  


◇中江踏切あたり⑤
 ・JR仙山線の踏切。仙山線は仙台駅から方向違いに出てくるのでこのあたりは大きく北へカーブするところ。
 ・以前は利府街道(つまり東仙台方面)とつながっているのは北六番丁で中江地区で折れ曲がっていたが、今は立派な道路が北四番丁に直結していてそのまま山形までつながる。

   


◇宮町との交差点⑥
 ・宮町は東照宮の門前町。このあたり震災のすぐ後は給油してもらえそうなガソリンスタンドを探してウロウロしたが、本日はどのスタンドも暇そう。

   


◇愛宕上杉通との交差点⑦
 ・そもそも愛宕上杉通という名の道は以前はなかった。上杉山通があり狭い道だった。
 ・勝山公園は以前からあり、よく通ったなつかしの通学路であるがさみしく薄暗く夕刻はお化けが出そうであったがいまは交通量の多いにぎやかな交差点だ。

   


◇上杉山橋跡⑧
 ・知らなかったが昔あったようだ

  


◇堤通あたりの北四番町⑨
 ・もっともっと狭い道だった

  


◇匂当台通北四番町⑩
 ・昔、市電の分岐点。循環線から北仙台方面へ分岐していた。電車が来るたびに線路の切り替えと専用の信号矢印(黄色の矢印)を出す操作所があった。眺めのよいように2階建てくらいの高さの展望室みたいなものだった。今は地下鉄南北線の駅がある。

   


◇市電北六番丁あたり⑪
 ・市電の北仙台方面行きの「北六番町」駅があった。

  


◇北仙台駅前⑫
 ・なんだかモダンな駅になっている

   


 とりあえず今日はここまで。帰路は明日・・・  


Posted by OOAKAGERA at 23:09

2011年06月19日

6月19日(日)の鳥見 オオヨシキリ元気

◇4/q@川(マイフィールド#0)
 ジョギングしながら横目で鳥見
 オオヨシキリ   カルガモ

 ・オオヨシキリはまだ大きな声で鳴いている。  


Posted by OOAKAGERA at 22:19

2011年06月16日

6月15日(水)の鳥見 サンコウチョウ

◇:ynyの森(マイフィールド#1)
 ヒヨドリ   サンコウチョウ   ウグイス   シジュウカラ
 コゲラ   オオヨシキリ

 ・サンコウチョウは♂♀いた。
 ・オオルリの姿を見かけない、声もしない。
  


Posted by OOAKAGERA at 17:51

2011年06月14日

6月14日(火)の鳥見 オオヨシキリのさえずり少なくなった

◇4/q@川(マイフィールド#0)
 スズメ   カルガモ   イワツバメ   ツバメ   オオヨシキリ
 ハクセキレイ   カワセミ   カワラヒワ   キジバト   ウミネコ
 
 ・陽はさしていたが風がややつよかった
 ・オオヨシキリが相変わらずさえずっているがその数がぐっと少なくなったようだ
 ・土手の散歩道わきの草が生い茂って水面がみにくい(写真左)
 ・イワツバメの撮影に挑戦、とにかく動きまわるので証拠写真もなかなかとれない


      


Posted by OOAKAGERA at 20:53

2011年06月13日

6月11日(土)の日記 新寺小路寺巡り③ これでおわり

◇今回散歩で訪ねたお寺などは以下の図の通り。

  

◇新寺小路のお寺についての詳しい説明は、仙台市のHP・若林区の中にある「寺めぐり・新寺あたり」に掲載されているのでそちらを参照されたい。
◇印象ひとことと写真をアップする

◇新寺小路緑道
 ・昭和30年代からの新寺地区の大掛かりな区画整理で出来上がった散歩道。今は草が繁っていて散歩する人の姿も少ない。
  

◇三沢初子の墓所
 ・新寺小路寺巡り②参照

◇林香院
 ・坂村真民の詩碑がある。新寺小路寺めぐり①参照

◇孝勝寺
 ・新寺小路寺巡り①参照
・伊達家とのつながりが強かったせいか敷地が広い。
 ・近年五重の塔が建てられた。
 ・区画整理前、昭和35年の正月、消防出初式の日に火災発生、山門だけを残しほとんどの建物を消失したが現在は立派に建て直されている。
 
   

◇正楽寺
 ・銀杏とくすの木が印象的(本堂に向かって左が銀杏、右がくすのき)
 ・新しい建物が多い新寺小路のお寺の中にあって古い本堂が歴史を感じさせてくれて印象的。
 
   

◇龍泉院
 ・山門前には千躰仏の案内石柱、本堂前には布袋様が(右写真の右端)。
 
  

◇阿弥陀寺
 ・坂村真民の詩碑がある。新寺小路寺めぐり①参照
 ・入口に山門はなく質素。
 
◇光寿院
 ・山門は確かに高級料亭に見える。黒塗りの高級車はいなかった。
 
     

◇成覚寺
 ・山門は三沢初子の墓所の霊屋門

  

◇松音寺
 ・山門は若林城(現宮城刑務所)の門を拝領したもの
 ・石灯篭が倒壊していた、地震によるものと思われる

    

◇大林寺
 ・土井晩翠の墓がある

   

    


Posted by OOAKAGERA at 13:56

2011年06月12日

6月11日(土)の日記 新寺小路寺巡り② 政岡の墓

◇新寺小路の東側の区域、JR榴ヶ岡公園駅の近くに通称「政岡の墓」がある。
◇政岡は歌舞伎十八番「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」に出てくる女性。伊達4代藩主綱村公の母三沢初子が政岡のモデルであり、「三沢初子の墓」が正しい。伊達騒動を題材にした歌舞伎が有名になり政岡と三沢初子が混同されているむきがある。
◇三沢初子は尼子氏の重臣の娘で、後に伊達三代綱宗公の側室となり亀千代(四代綱村)を出産した。綱宗には正室はおらず、初子は実質上の正室といわれる。
◇墓は三沢初子だけでなく、伊達二代忠宗公の正室振姫、四代綱村公の正室仙姫も並んで祀られている。
◇ここは、現在は仙台市が土地を買い上げ、以前からのお寺孝勝寺が継続して管理しているとのこと。
◇小学生のころ遠来の祖母と仙台市営の市内観光バスで仙台の町を巡った際、ここ政岡の墓に立ち寄った覚えがある。当時の若いガイドさんがバスの中で歌舞伎の政岡を演じそのすばらしい出来にやんやの喝采であった。
◇震災により廟所は大きな被害を受けた。入り口や墓の前の大きな石灯篭は倒壊し、墓も倒壊あるいは大きく沈下しており現在内部に立ち入りは出来ない。
◇墓と道を隔てたビルの1階に「政岡廟案内所」があり、孝勝寺のお坊さんがいていろいろ説明してくれた。
◇歌舞伎の伽羅先代萩は鎌倉時代、奥州足利家の執権仁木弾正や妹八汐が足利家ののっとりを企む物語になつているがいわずと知れた伊達のお家騒動がモデル。案内所には歌舞伎の名場面、竹の間の場や御殿の場の絵が飾ってある。
◇伽羅先代萩は歌舞伎の代表的な演目であり、特に政岡は女形最高の難役の1つとされている。祖母が歌舞伎好きで中学生の孫(つまりわたくし)をよく歌舞伎見物につれていったくれた。政岡は6代目中村歌右衛門が演じたときに観た。花道のすぐそばであせびっしょりで迫真の演技をする成駒屋の姿は今でも鮮明に思い出される。
◇小鳥のセンダイムシクイの名は、その声の聞きなしが歌舞伎の先代萩で千松が「鶴千代君ーィ」という台詞と同じことでついたということを聞いたことがある(文楽などでは「鶴喜代」らしい)。

 
    

  
  


Posted by OOAKAGERA at 22:29

2011年06月11日

6月11日(土)の日記 新寺小路寺巡り① 坂村真民の詩碑

◇宮城野図書館は相変わらず建物外だけで青空のもとごく一部開業。内部の損傷は大きく補修に手間取っている様子。陸前原町駅裏に新築中の図書館も工事中悪いタイミングで震災に合い完成の工期が遅れるらしい。
◇というわけだが、青空の下では本の題名がひときわ目立って目に入る。
◇先日は、坂村真民著の随筆集「念ずれば花ひらく」が目にとまり借りてきた
◇新入社員時代に、広島県の山の中の寺での座禅の泊りがけ教育があった。
◇いかにも会社向けの教育コース担当といった風情の若い坊さんに座禅中をいいことに全員が思いっきり棒(警策)でたたかれた。ここは臨済宗で、たしか座禅中「監視」の坊さんと正面に相対する。なんとも憎らしげな坊さんの顔をよく覚えている。
◇ところがこの坊さん、研修中ことあるごとに仏教の詩を口にした。作者は坂村真民、内容は「念ずれば花ひらく」「二度とない人生だから・・」、なんともわかりやすい言葉とひびきでいつの間にか頭に入った。・・・ということは坊さん立派な教育者なのか・・。
◇特に仏教に興味があるわけではないが、普通の詩として受け止めてすばらしいものだと思った。
◇さて坂村真民なる人について調査結果は以下の通り。
 1909-2006、日本の仏教詩人。一遍の生き方に共感し癒しの詩人といわれる。詩はわかりやすいものが多く小学生から財界人まで愛されている。特に「念ずれば花ひらく」は多くの人に共感を呼び、その碑は全国さらには外国まで建てられている。
 とのこと。仙台にも新寺小路の寺に詩碑が建てられていると聞いたので、この機会に「新寺小路寺めぐり」にトライした。
◇まず坂村真民の詩碑を訪ねて・・

◇天総山林香院
 ・曹洞宗のお寺。16世紀に福島県で開山、伊達家とともに米沢・岩出山と移り仙台開府とともに政宗より現在地を賜った。
 ・門の前左側に坂村真民の詩「念ずれば花ひらく」の碑があった。ちょうどツツジが咲いていた。

    

 写真ではちょっと読みにくいと思うので詩を記す。

  念ずれば花ひらく

  念ずれば
  花ひらく
  苦しいとき
  母がいつも口にしていた
  このことばを
  わたしもいつのころからか
  となえるようになった
  そうしてそのたび
  わたしの花がふしぎと
  ひとつひとつ
  ひらいていった

◇法王山阿弥陀寺
 ・時宗のお寺。
 ・時宗の開祖一遍はすべての人々に念仏をすすめ、ともに極楽往生をとげるために全国各地を遊行、「南無阿弥陀仏」と記した札をくばりながら布教につとめた。このお寺も福島で、一遍上人を開山として建立された。その後米沢を経て仙台に移った。
 ・庭の真ん中に一遍上人の像と坂村真民の詩碑「軽くなろう」がある。震災・津波の被害を受けた今このとき、心にしみいる詩だ。

      


Posted by OOAKAGERA at 22:28

2011年06月11日

4月6日(水)の日記復刻 津波に会った方の衝撃的な話を聞く

 もう1件情報を復活(本日の河北新報に同じ情報の記事が掲載された)。
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4月6日(水)の日記復刻 津波に会った方の衝撃的な話を聞く

◇昨日から開いている仙台駅前のさくら野百貨店地下食料品売り場を見てまわった。
 ・魚・肉・野菜、生鮮品もそろっている。
 ・パンも牛乳もOK、いろいろ取り揃えてある。
 ・ヨーグルトは売り切れ。もともとあまりなかった様に見えた。
 ・お土産物店も商品はそろっていた。

◇コーヒー豆店のコーナーで一休み。カウンターでコーヒーを飲もうと座ったら隣に初老の紳士とその奥さんがおいしそうにコーヒーを飲んでいた。聞けば女川で津波に会い、仙台の肉親宅に身を寄せているとのこと。
 まつたくのインタビュー報告。偶然会った方の話だが、顔をあわせて聞く実体験の話は心に突き刺さる。以下は断片的だがその方の話(著者注;細かくは違っている点があるかもしれない)。
 ・地震のあと原発の建物に避難した。当初の津波想定はそこでOKだつたが、想定が高くなり、より高い建物に移動した。
 建物の屋上に上がり、さらにアンテナに取り付いた。
 ・津波は衝撃的な強さで横から襲って来た。さらに引き波の力もすごかった。
 ・屋上には20人余りが逃げてきていたが、津波のあとは6人しかいなかった。
 ・津波は胸の高さまできた。たまたまアンテナをつかむことが出来て流されず耐えることが出来た。
 ・流れてくる材木なども怖いものであったが、なんとかアンテナを盾にして奥さんともども逃れることが出来た。
 ・津波は何回も来た。1回目より2回目が強かった。5回目くらいからは低くなった。
 ・消防の人が流されてきて、たまたま笛を吹いて自分の存在を知らせることが出来て学校の位置で助けられた。
 ・水位が低くなった後に、高台の避難所の学校に移動した。
 ・水に濡れ、泥もかぶり寒かった。カーテンを貸してもらえたのでそれに包まって少し寒さをしのげた。
 ・孤立状態で2晩はまったく食べ物なし、3日目にやっと水と小さなミートボール2個を食べた 
 ・5日目に肉親が歩いて探しに来てくれて助かった。肉親はてっきり津波に流されたとあきらめていた。
 ・家は流された。
 ・3週間過ぎてやっと少し落ち着いた気持ちになった。
 ・生きるか死ぬかはほんの紙一重であるとつくづく思った。
 
 以上が本日聞いた衝撃的な話である。

 女川のニュースは震災直後は入らなかった。3-4日して突然「壊滅的被害」と聞いた覚えがある。救援もない中寒い暗い夜を過ごさなければならなかったことを思うとまったくお気の毒であった。

 被災したひとりひとりにはほんとに涙なしには聞けないそれぞれの体験がある。
 今回地震・津波災害を受けた方々の貴重な体験談を真摯に受け止め、将来同じ悲しみが起きないような対策を考え実行してゆかなければならない。


  


Posted by OOAKAGERA at 10:20

2011年06月11日

3月31日(木)の日記③復刻 浪分神社 大昔からくり返される

震災関係の情報は原則数日で削除してきたが、情報が新聞に公開されたので以下2件をあらためて復活してアップする

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3月31日(木)の日記③ 浪分神社 大昔からくり返される

◇知り合いに<実家近くに「浪分神社」という名の神社がありそこは海からかなり離れているが大昔津波が来たという言い伝えがある、今度の津波でも近くまで波が来たようだ>と聞いた。
◇地震の少し前にテレビのニュースで1000年以上前に貞観(じょうがん)の津波という大きな津波があったことが文献にあり、最近の地層の調査でその規模が非常に大きかったことがわかったというようなことを放送していた。
◇本日、浪分神社を探訪した。
◇浪分神社の場所は、若林区霞目、自衛隊の東、横綱谷風梶之助の墓の近く、バス停「霞の目」のすぐ前である。
◇歴史上仙台は昔から大地震や大津波に幾度となく見舞われてきたようだ。浪分神社は海から5kmも陸に入ったところだが昔大津波がここまで来たらしい。
◇昔、慶長16年(1611年)12月に大地震が起こり、これに続く津波に襲われた。この時の大津波の状況は、伝説によると浪分神社の位置まで波が達し、この高台で波が二つに分かれたとされている。
◇またさらに前の、平安時代の歴史書にこのあたりを襲った大津波の記述があるらしい。869(貞観11)年の貞観津波だ。
◇そして、この付近の地質を調査した結果は「仙台平野の内陸部に達する貞観並みの巨大津波は、約1000年ごとに起きている」ことが分かった。貞観津波からはすでに1100年以上が経過しており、巨大津波を想定した地震対策が必要と一部の学者から声が上がっていた。
◇テレビのニュースによるとこの話を聴いていた海に近い地元の一部の人達は、決められた避難所である小学校では危ないと判断して仙台東部道路まで退避し難をのがれたという。これが本当とするとなんともやりきれない話である。せっかくの調査検討結果が活かされなかったことになる。
◇今回の津波は仙台東部道路が防潮堤の役目を果たしたとのこと。東部道路の構造は「橋脚」ではなく「土盛り」であり、本日東部道路の西側を見た限りでもダムの効果がはっきりと認められた。ただし、土盛りを貫通する(交差する)道路部分の四角い穴(トンネル)から海側から来た津波が陸側に噴出してそのまわりは津波が運んだゴミがたまっていた。東部道路がなければ津波は浪分神社あたりまで浸入したかもしれない。
◇先人は津波の被害を受けて、この被害を繰り返さないよう自戒を込めて後世に伝えたのが浪分神社としたら、結果として効果的に伝わらなかった。また科学的な裏づけ調査をして対応を提言している学者先生もいたが意見が活かされなかった。それは受け止める側の今の時代のわれわれの問題かもしれない。

   

 このあたり、津波だけでなく地震そのものによる地面の陥没も目立つ。道路があちこちで割れたり沈んでいたりしていた。

 <追記>上記浪分神社の東、仙台東部道路よりさらに東(海)側にある農業園芸センターまわりの状況を翌日欄に記載
  →今回は省略

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上記に類似の記事が4月3日(日)の河北新報1面コラム「河北春秋」に掲載された。

  


Posted by OOAKAGERA at 10:11

2011年06月10日

6月10日(金)の鳥見 サンコウチョウの声

◇q@ekfo dyly公園
 ウグイス   キビタキ   ヒヨドリ   メジロ   ハクセキレイ
 ヤマガラ   オオタカ   サンコウチョウ   サンショウクイ
 コゲラ   シジュウカラ   トビ

 ・サンコウチョウはすぐ近くまできて声を出していたが姿は確認できず
 ・小鳥が騒がしいと思ったらオオタカが狩りにきてすぐ去った
  


Posted by OOAKAGERA at 19:55

2011年06月07日

6月7日(火)の日記 しゃくやくが満開

 本日はしゃくやくが満開との情報を得て、少しロングドライブ。

◇色麻町、愛宕山公園のしゃくやく
 ・昔は王城寺原演習場に向けて実弾の発射訓練をした場所という
  色麻町の愛宕山公園、農業伝習館という研修施設の前にしゃく
  やくの畑があり、今が盛りと咲いている。赤・白ピンク、八重咲きも
  ありまことに見事。
 ・香りもある。一見の価値あり

    

◇大衡村のそば店
 帰りがけにナビをたよりに立ち寄った大衡村のそば店が「当たり」だった。
 ・国道457沿い、大衡村役場への分岐近くにあり。
 ・ちょうど昼時間で混み合っており10分ほど外のベンチで待った。
 ・混み合うわけがうなづける。そばがうまい。
 ・ここのそばは「手打ち」と「機械打ち」と用意してある。それぞれ冷たいの
  温たかいのとあり。「手打ち」はそばを賞味しに来る人向き、「機械打ち」
  は昼食を食べに来る人向きとみた。
 ・手打ちは太くて短く黒くてコシがあり値段が高い。機械打ちは白くて細く
  て少しやわらかい。
 ・テンプラも軽く揚がっていてこれまたグーッ。

   

     
 
  
  


Posted by OOAKAGERA at 22:14

2011年06月05日

6月5日(日)の鳥見 ヤマセミが

◇v¥p川
 朝9:00過ぎから川の左岸をのんびり歩く
 セグロセキレイ   ゴイサギ   ヒヨドリ   ウグイス
 ウミネコ   オシドリ   ハヤブサ   カワラヒワ
 ヤマセミ2

 ・100万都市の中心部からほんの数キロのところになんと
  ヤマセミが。本日は2羽が水面上を下流に向かって縦断
 ・スバラシイ環境!
  


Posted by OOAKAGERA at 14:50

2011年06月04日

6月4日(土)の鳥見 ササゴイ

◇4/q@川(マイフィールド#0)
 キジバト   ハクセキレイ   ヒヨドリ   ムクドリ
 イワツバメ   スズメ   モズ   オオヨシキリ
 カワラヒワ   ササゴイ   ツバメ   カルガモ
 ウミネコ   トビ   ホオアカ

 ・今日は気温が上がった。午前中ゆっくりと川沿いの土手を
  往復
 ・相変わらずいたるところでオオヨシキリが鳴き叫んでいた
 ・川底をさらわれてササゴイの餌場が少なくなり、いつもは
  見かけない支流の小さな堰まできてエサをねらっていた


     


Posted by OOAKAGERA at 23:00

2011年06月03日

6月3日(金)の日記 石巻市旧河北町での津波体験談

削除しました
(時間を限ってアップとしました)  


Posted by OOAKAGERA at 19:02

2011年06月03日

6月3日(金)の日記 女川での津波被災の話

削除しました
(時間を限ってアップとしました)  


Posted by OOAKAGERA at 17:57